映画「アイ・ラヴ・ユー」企画書

協力者・支援者の皆様へ  
 この度、日本で初めて聴覚障害者の俳優を主役に起用する劇映画「アイ・ラヴ・ユー」の製作を企画いたしました。
 耳のきこえない人たち(ろう者)を中心に、その日常の機微を明るく、逞しく、感動的に描く物語りです。

 これまでにも、ろう者を描いた映画やテレビドラマは数少なくありませんが、その作品のほとんどが、耳のきこえる人たち(聴者)の側から描かれています。演出者をはじめとする製作スタッフが聴者であり、配役も聴者の俳優が手話を習い、ろう者の役を演じています。

 それらの作品を実際のろう者たちは、どのように受けとめているのでしょうか。ある人は、生活にリアリティがなく、嘘が目立つと言い、ある人は、ろう者の立場や位置づけが曖昧で、違和感を免れないと、不満を述べています。

 では、ろう者たちが納得できる作品を創り出すにはどうしたらいいのでしょうか。

答えは一つです。

 ろう者と聴者が、もっと深く理解しあうこと、そのためには両者が対等な立場で意見を闘わせ、共同協力(共同作業)して創り出す以外にありません。

 そこで、本映画では、ろう者の役はすべてろう者の俳優が演じ、監督もろう者と聴者が共同で行う新しい試みに挑戦いたします。もちろん、撮影各パートにもろう者のスタッフが参加します。
 そして、ろう者の存在を、ごくあたりまえのこととして、ありのままの姿を描き出してみたいと思います。そうした寸分の嘘もない、現実感に溢れた映画は、必ず観る者の心を揺さぶり、多くの人々の共感を得られるものと確信しております。
 何卒、この画期的な映画製作にご賛同いただき、格別のご支援ご協力のほど、お願い申し上げます。

テーマコンセプト  
◇こころのバリアフリーを願って

 障害者は特別な人間ではありません。もの珍しい存在でも、可哀相な存在でもありません。たまたま、耳がきこえない、目が見えない、歩けない、それだけのことです。人間の価値とはなんの関係もないのです。

 1980年の国際障害者年を迎えて以降、障害者の「自立」と「社会進出」の機運が高まり、障害者は「一方的に保護される存在」ではなく、「社会の一員として、主体的に生きていく存在」という考え方が徐々に広まってきました。しかし、残念ながら現実の社会では、未だに障害者に対する差別や偏見がなくなっていません。
 ろう者の場合にも、手話で会話をしていると、もの珍しげに見られたり、憐憫の眼差しを浴びたり、耳がきこえないということが特別視された時代がありました。勿論、現在では手話サークルや手話通訳者が全国に広がり、手話に理解を示す一般の人びとが増えています。が、それでろう者への理解が深まったと思うのは早計です。

 ろう者と聴者が、本当に理解しあうためには、もっともっと両者の交流を盛んにし、お互いのこころがふれあう関係になったとき、はじめて、こころのバリアフリーが可能になるのだと思います。
 ろう者の真実の姿を「知らない」ことから生じるバリアが、より深く「知る」ことによってフリーになる。このことこそ、本映画「アイ・ラヴ・ユー」を創る最大の願いなのです。

◇ろう者の言葉「手話」の認知度を高める

 言う迄もなく、手話はろう者の大切な言葉です。それは聴者の聞いて話す「音声言語」に対して、見て表わす「視覚言語」とも言われ、「見る言葉」で「聞く言葉」ではありません。
聴者は、実際のものを見て、耳で聞き、喋り、覚えて言葉にしますが、ろう者は、実際に目で確め、覚えて手話の言葉にするのです。
 手話は、聴者の言葉を代弁するためのものではなく、視覚言語として独立した存在なのです。

 さて、一口に手話と言っても様々な伝達手段があります。口話と読話、筆談、空書、身振りや表情などを使って表わす手話は、手だけで話す言葉ではないのです。例えば、満員電車の中で、両手が使えない状況の時は、顔と口話で話します。眉や目、口、顔全体の表情や首の上下などで十分に会話が成立するのです。

このように、ろう者にとって手話は、「音声言語」に勝るとも劣らない誇れる言語なのです。そして、手話がもっと広く、学校や職場や街角で使われることを望んでいます。社会の中で、手話で語る仲間がふえれば、ろう者の世界も広がっていくのです。

 本映画「アイ・ラヴ・ユー」では、こうした素晴らしい手話の数々を、ろう者の俳優ならではのすぐれた表現力で存分にお見せしたいと思います。

 また、劇中劇の場面では、日常会話の手話を芸術的に昇華させた手話表現に挑戦してみたいとも思っています。
 そして本映画が、手話に対する正しい知識と、その認知度を高めることに貢献できることを心より願っています。

◇ろう者と聴者の共同製作について

 これまで、ろう者の活動というと「生活改善」のためのものが殆どでした。しかし、ここ数年、趣味やスポーツ、芸術分野に多くのろう者が参加するようになってきています。
 その背景には、ファクシミリやインターネットの普及、そして、文字通信、携帯電話の出現等、きこえないという不便さを補う、情報通信機器の発達があるようです。
 それらの機器の利用によって、聴者との接点も広がり、ろう者の若者たちにこれまでにない積極性を感じます。

 今回、ろう者と共に映画を創ることを思い立ったのも、そうした気運と無関係ではありません。ろう者と聴者が、映画を創るという一つの目的に向って、共に汗を流し、苦しみも喜びも共有してこそ、両者の理解は一層深まるものと確信いたします。

 しかし、こうしたスタイルでの映画製作は、日本はもとより世界でも例のない初めての試みです。実際の撮影現場では、様々な困難が予想されますが、それを恐れていては新しい道は拓かれません。不退転の決意で製作に臨むつもりです。

◇プロの俳優・プロの技術者を育てる

 1981年、アメリカ・デフ・シアターから講師を招き、日本ではじめて、ろう者のための演劇訓練が行われました。それを契機に、全国各地にろう者を中心とした劇団が誕生し、それぞれユニークな活動を展開するようになりました。
 そして、現在では「日本ろう者劇団」のめざましい公演活動を筆頭に、各地の劇団も、ろう者特有のすぐれた表現力を生かして、質の高い芝居を上演しています。
 一方、ろう者の若者たちの間にも、映画をつくる仲間たちが増え、聴者にない感性で、映像美に溢れた作品を創りだしています。

 しかし、演劇や映画のいずれも自主公演、自主製作が中心で、職業として従事しているろう者は殆どいません。日本には未だろう者のプロの俳優や、映画をつくるプロの技術者はいないのです。

 欧米で、プロとして活躍しているろう者の俳優が、なぜ日本にはろう者のプロの俳優がいないのか不思議がっていますが、残念ながらそれが日本の現状です。

 映画界について言えば、撮影現場は効率至上の世界です。四方に飛び交う言葉の一つ一つを聞き分けながら、一人のスタッフが幾つもの役をこなしていくのです。コミュニケーションに時間のかかるろう者を受け入れない所以です。

 すぐれた才能があっても、幾多の経験を積み、修業を重ねなければその才能は花開きません。映画好きの若者が、将来、監督やカメラマンになりたいと思っても、その道へ進む入口の扉が閉ざされていては、所詮夢だけに終ってしまいます。その理由が、耳がきこえない、というだけだとすればあまりに不平等です。きこえる、きこえないが問題ではなく、要は、なにを、どれだけできるかを問題にすべきなのです。

 私たちは、今回の映画づくりの中で、ろう者と聴者が共に学び、励まし合いながら、プロとして実力の備わった、ろう者の俳優やスタッフをぜひ育てていきたいと思っています。
 それが、これまで閉ざされていた道への突破口になることを、心より願って映画づくりに邁進いたします。

STORY  
 ここは静岡市の郊外―――。
 ろう者の水越朝子(29)は、消防士の夫・隆一(32)と、おませな小学1年生の娘・愛と3人で、平凡ながら幸せな生活を送っていた。
隆一も愛も手話は完璧で、特に愛は、耳のきこえない母のために少しでも手助けしようと、1年生とは思えないくらいしっかりした子どもに育っていた。

 そんなある日、思いがけないことが起こった。愛が、学校でいじめられているというのである。
 どうやらいじめっ子は、朝子と愛が手話で話しているのを見たらしく、「お前のかあちゃん、変な奴!」と、愛をからかっていたのである。
 朝子は、愛の授業参観に出掛けて行き、自分をネタにいじめられている愛を見てショックを受ける。手話のことをなんとか判って貰おうと、喋れば喋るほど、教室内は「へーん!」「可哀相!」の雰囲気一色になる。焦る朝子に追い打ちをかけたのは「ママ、どうして学校に来たの!」という愛の一言だった。「愛も私を恥ずかしいと思っているの?」朝子は愕然とした。
 朝子から話を聞いた隆一は、「ママや手話を恥ずかしがっちゃいけない」と愛に話す。
愛の担任も子どもたちに「耳のきこえない人には、思いやりを持ちましょう」と言ってはくれるのだが……。朝子が愛に伝えたいものは、「思いやり」や「可哀相」という感情ではなかった。耳のきこえない母親を持っても幸せだった。手話ができて楽しいという感情こそ、愛に感じて欲しかったのだ。

 朝子は、遂にろう者劇団に入ることを決意する。以前から、ろう学校時代の演劇部で一緒にやっていた勝子(29)に誘われていたのだ。手話の表現力を生かせば、自分たちにしかできない面白い芝居ができる。朝子は、そのことを愛に実証してみせたかったのである。

 だが、勝子のろう劇団は人材不足で開店休業の状態だった。現在のメンバーは、頑なにろう者仲間にしか心を開かない中年女性・小百合(45)と勝子の二人だけ。小百合の息子の崇がいるが、名前だけの幽霊団員だ。朝子は、勝子や小百合にハッパをかけて、新しいメンバーを募集することにする。

 やがて、若い女性がやってきた。健聴者一家で、一人だけろうに生まれた夏実(21)だった。親の方針で普通校に通っていた夏実は手話もあまり使えず、孤独を感じていたのである。
 次にやってきたのは、聴者の中年男・森田(45)だった。東京でプロの役者をやっていたというのが自慢で、確かにパントマイムをやらせると抜群にうまい。しかし、森田のために手話通訳者を雇う余裕などある筈がない。朝子は残念に思いながらも入団を断るのだった。

 数日後、再び森田がやってきた。今度は専属の手話通訳者を伴って。
 それを見た朝子が唖然としたのも道理で、森田が連れてきた手話通訳者とは、なんと、愛だったのである。森田のマイムをすっかり気に入った愛は、一緒に劇団に入りたいと言う。朝子は反対するが、隆一は愛の熱意を受け入れる。

 ところが、森田が入ったことで、今度は聴者への偏見を持つ小百合が、面白くないと言い出した。小百合と森田はことある毎に対立する。その度に、通訳の愛は孤軍奮闘し、時には意訳したり、時には嘘の通訳をして、喧嘩にならないように気を遣わなくてはならないのだった。

 しかし、劇団内で意外なカップルも誕生した。夏実と崇がいいムードなのである。「耳がきこえないんだから」と、常に自重するように言われて生きてきた夏実は、全く耳のきこえない崇が、バイクを乗り回したり、音楽を聴いたり、踊ったりと自由闊達に生きていることに驚き、いつしか好意を抱くようになる。

 その頃、愛にも友だちができた。両親が日系ブラジル人のリサという少女である。日本語がまだよく判らないリサと愛は、手話で通じあうことができたのだ。英語教室に通っているいじめっ子の雅彦も、これには愛に一目置かざるを得なかった。愛は少しずつ、自信を取り戻していく。

 ある日、市の文化局から、恒例の演劇フェスティバルへの参加を要請される。担当者の言によれば、ろう劇団には、演劇としての完成度は求めず、それよりも、福祉都市というイメージづくりのために参加して欲しいというのが本音だった。カチンときた朝子は「絶対に面白い演劇を見せてやる」と思わず啖呵を切ってしまう。
 だが、そんな朝子の思いをよそに、劇団は相変らずバラバラ。稽古場は井戸端論議に終始し、森田と小百合は喧嘩ばかり。稽古は一向にはかどらない。そんなメンバーを前に、朝子の怒りが爆発した。しかし、朝子の思いも所詮は空回りしてしまう。いつしか稽古場から、仲間たちの姿が消えていく。

 劇団がうまくいかない朝子のイライラは、家庭内でも波紋を広げていた。「そんなことならやめちまえ」と言う隆一と、ついに喧嘩になる。朝子は実家の母親に、つい愚痴をこぼす。しかし、母親から「何だかんだ愚痴を言っても、かならず最後は自分のやりたいようにやってきたじゃないの」と言われ、朝子は隆一と出会ってから今日までの日々を想い起こす……聴者には負けないと突っ張っていた朝子に、誠の愛を教えてくれた隆一……初めてのデート……双方の両親の反対……駈け落ちのような結婚と、ある決意を秘めての出産……。

 様々な思いを抱え、朝子は演劇フェスティバルの会場になる市民会館にやってきた。すると偶然にも、そこに森田の姿があった。森田はかって、才能あふれる俳優だった。しかし極端なあがり性で、大勢の客を前にすると、どうしても吃ってしまう。そのために役者の道を諦め、故郷の静岡に戻ってきたのだと言う。

 朝子が驚いたのは、その身の上ばなしではなく、森田が、それを手話で語ったからなのである。その動きはまだぎこちなかったが、そこには、明らかに努力のあとが窺えて、朝子の胸の中に、嬉しさがこみあげていた。

 朝子と森田が、黙々と演劇フェスティバルに向けての準備を始めたことから、いつしか仲間たちも戻りはじめていた。小百合も、手話を覚えた森田に対して、態度を一変させ、稽古にも熱が入る。

 一方、隆一は、いつも愛をいじめる雅彦が、実は愛に気があるのだと見抜いていた。隆一は雅彦に消防車を見学させながら「男は好きな女の子のためにガンバラなきゃ」と、さりげなく忠告する。こうして、学校での愛のいじめ問題も、解決の方向へむかいつつあった。
 そしてまた、隆一も朝子への愛情を再確認する。

 夏実は崇の子を妊娠していた。それを知った崇は、夏実にプロポーズするのだが……。上演前日、会場で準備に追われる朝子たちの前に、目のまわりに青痣をつくった夏実が現われた。妊娠が発覚し、父親から殴られたというのである。そこへ激怒した夏実の両親が現われて、崇を出せと詰め寄る。夏実の父親は、難聴の夏実が子どもを産めば、完全に耳がきこえなくなる可能性がある。その時、ろう同志の夫婦でどうやって生きていくのだと言う。尻ごみする森田に通訳させて、朝子は夏実の父親に自分の経験を話す。朝子も、かっては難聴で多少の音の聞き分けはできていた。しかし妊娠し、出産すると、完全にきこえなくなると言われたのである。それでも朝子は、子どもを産むことを選択したのだ。偶然、その話を物陰で聞いていた愛は、自分が生まれたために母親が聴覚を失ったと知って、ショックを受け会場を飛び出していく。気づいた朝子が後を追う。

 公園の片隅で、斜陽を浴びた愛が泣いている。その後からそっと近づいて、愛を抱き締める朝子。
 泣きながら、自分の耳をママにあげるという愛に、耳はきこえなくなったけれども、それ以上にママの子に生まれてくれた愛に感謝しているという朝子。そして、補聴器のボリュームをいっぱいにあげて、愛の産声を聴いたという話をする。その産声は、いまも耳の奥に大切な宝物としてしまってあって、時々取り出しては、きいているのだと言う。
 やがて愛は、朝子へのわだかまりを解いた。しかし、気が付いてみればもう上演時間が迫っている。タクシーがなかなか拾えない。運よく、帰署途中の隆一の消防車が通りかかり、二人を市民会館へと運ぶ。

 舞台では、朝子たちの芝居の幕が開こうとしている。

映画製作・普及上映についてのコンセプト  
製作資金

 映画製作費・営業・普及上映経費の1億8,000万円は、法人・企業・団体・個人等より1口30万円の協賛金(1口以上)および出資金(10口以上)を募集し、併せて製作協力券(1枚3,000円・ペア鑑賞券として2名使用可)を販売してこれに当てる。なお、協賛者、出資者に対しては本編のタイトルはもとより、すべての宣材物に芳名を明示する。

製作上映委員会(製作母体)

 出資者や協賛者を代表する人たち、聴覚障害者に理解ある有識者、ろう者たちで構成する。

資金の運用・管理

 協賛金、出資金、製作協力券売上金などはすべて製作上映委員会が受納、管理する。映画製作費(1億5,000万円)は、製作を担当する映画会社(製作上映委員会が委託)に対し、予め提出された製作予算書を慎重に審議した上で製作上映委員会が支払う。普及上映経費についても同上に習う。本事業の収益金の扱いについては、聴覚障害者の文化活動基金に供する等、製作上映委員会で討議・決定する。

権利・義務

 本映画の著作権(全国配給・海外配給・テレビ放映・ビデオディスク化等による二次利用)のすべては製作上映委員会に帰属する。日本全国、世界各地に広く普及し、"高福祉"をアピールする。

製作形式  
形式             35ミリ・カラー/ビスタサイズ
上映時間          約110分(1時間50分)
直接製作費         1億5000万円

製作             映画「アイ・ラヴ・ユー」製作上映委員会
プロデューサー       川崎多津也
企画             大澤 豊/川崎多津也
脚本             岡崎由紀子
監督             大澤 豊/米内山明宏
撮影監督          岡崎宏三
美術             丸山裕司
音楽             佐藤慶子
手話コーディネート     妹尾映美子

製作協力           (有)こぶしプロダクション
                日本ろう者劇団
                メディア・ワークス
                サールナートホール

配給

映画「アイ・ラヴ・ユー」の宣伝コンセプト  
 人間が幸に生きるために一番大切なものは何なのか。この映画のコンセプトをシンプルな表現ながら"愛"と定めました。
 人を愛することから人間の関係が始まります。男と女の出会い、親と子の温もり、友だちとの触れ合い、隣人との付き合い等々、人間を取り巻く地域や環境を美しくするのも楽しくするのも、全ては人間への思いやり、愛する心がなければ幸にはなれません。
 この"愛"の源泉は何なのか、ドラマのテーマを追及し、掘り起こしていきます。


◇宣伝プランとポイントについて

   ○ろう者の側から、ろう者の視点で描いた初の映画

 ドラマの主人公は、聴者の夫とろう者の妻、そして、聴者の娘(小一)の三人の家族です。聴者だけの家族とは、どこか異なるところがあっても、愛と信頼で堅く結ばれた三人の、常に前向きで、懸命に生きる姿は、見る人々に感銘を与えずにはおきません。
 「障害者のいることが、あたりまえの社会として、ろう者のありのままの姿を、あくまでろう者の側から、ろう者の視点で描いた初めての映画」です。このことを宣伝ポイントの重要な一つとして考えています。


  ○ろう者と聴者の共同作業

 今回の企画は、ろう者にも聴者にも歓迎される作品、つまり、聞こえる聞こえないに関係なく、面白くて楽しい映画を創ろうというところから出発しています。そのためには、ろう者と聴者が対等な立場で意見を出しあい、お互い共同協力して創る以外にないという結論に達したのです。
 したがって、監督も、大澤豊(聴者)と米内山明宏(ろう者)の二人が共同して行ない、俳優も、ろう者の役にはろう者の俳優を起用します。映画づくりを支えるスタッフも、当然、聴・ろう混成の編成となります。
 ただし、こうした例はこれまでになく、日本はもとより世界でも初めての映画づくりとなるわけです。
 この画期的な映画づくりを話題にしないわけにはいきません。宣伝の重要なポイントとして、大いに盛り上げたいと思います。


  ○「ろう者がつくって・ろう者が見せる」組織をつくる

 この映画が、全国の聴障者の皆さんから賛意を得られる内容であれば―――この映画を見ることによって、聴障者への理解がより深まるというコンセンサスが得られるならば―――全国の聴障者の方たちから、製作・上映に関する協力が得られるものと確信いたします。
 そして、そのための情報伝達はインターネットを通じて全国に発信いたします。いま、ろう者の川崎多津也プロデューサーによってソフトづくりが急ピッチで進んでいます。
やがて、各地に「アイ・ラヴ・ユー」の製作・上映を成功させるための組織づくりが始まれば、マスコミを通じて、その活動ぶりを全国に報道します。例えば、「ろう者の熱意・熱烈コールが映画ファンを奮い立たせる」というように。


◇マスコミへのアプローチ

 今回の映画づくりは、通常の映画と違って、マスコミからも高い関心をもたれること請け合いです。熱意をもってあたれば、単に芸能欄にとどまらず、社会面や学芸面にも大きな記事として掲載されるでしょう。

 また、テレビやラジオのニュース、報道番組でも取上げる対象になります。撮影現場で、聴者とろう者のスタッフが言葉の壁をのりこえて、共に汗を流し合っている姿は、きっと感動を呼ぶでしょう。「NHKスペシャル」や「ETV特集」、「共に生きる明日」などの番組にも働きかけてみたいと思います。

 更に芸能関係のニュースとして、ろう者の女優を話題のスターとして取り上げ、プロの俳優の存在をアピールします。

 ビジュアル面の展開では、「アイ・ラヴ・ユー」のポスターデザインを思い切ってユニークなものにし、話題性を高めたいと思います。

 映画音楽や挿入歌の存在も大切な宣伝ファクターです。


◇キャンペーン

 映画の完成を周知させる上で、キャンペーンは欠かせないイベントですが、その一つとして、チャリティー試写会に力を注ぎたいと思います。
 各地の障害者関連団体(ボランティア協会など)が主催し、映画の付加価値を高めます。(後援団体として、ロータリークラブ・青年会議所・マスコミの事業局など)
 なお、大都市の場合は、聴障者にご理解の深い紀子さまをはじめ、皇室関係者が御来場下されば、宣伝的には高い価値が生まれます。





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